結局、日本語教員試験は受験しませんでした。お金のことを考えるともったいないことをしたと思います。しかし、やむを得なかったという気持ちであり、判断としては正しかったと思っています。
どうしてもやることが重なってしまった場合、どちらかを選ばなくてはなりません。
今後もそのような選択の場面は、さまざまな機会に訪れると思います。良い選択をするには、何が重要と考え、どれを優先するかですね。
今の「旬」を逃すなという場合もあれば、今が「踏ん張りどころ」ということもあるので、その見極めがとても難しいです。
やらないよりはやった方がいい、とよく言われます。大枠賛成です。
とはいえ、日々の個別の判断では無理しないことも重要です。体調、仕事、お金…。どのタイミングで無理するべきなのか。
おそらくここ一番の勝負時のタイミングでしょう。そして今が勝負時なのかを判断する見識・胆力が問われるのだと思います。
今回はお金を失うというマイナス面がありましたが、その分、時間を確保できるというプラス面があり、時間確保を優先しました。
無理したら時間と体がきつくなったかなと。何より精神的にもきつくなったと思います。変な話ですが、勉強がほとんどできていなかったので、無理して行っても合格する可能性は極めて低かったと思います。
これが今回の試験にかけて本格的に取り組んできたのであれば、ダメージは大きかったでしょう。
ただ、その場合は、そこまで試験時にスケジュールがきつくならないように事前に対策していたのでは、と我ながら思います。
要はそもそも試験の重要性がそこまで高くなかったのかもしれません。日本語教員試験を受けなくても日本語教育能力検定試験に合格しているので、教員経験を1年以上積めばその資格取得に大きく前進するからです。
試験を受けなかったとしても、日本語教育に関わる勉強はし続ける必要があります。
日本語教育に関わりながら、さまざまなことに思考を広げていきたいと思います。