日本語教師になるまでに人前で話すことは、仕事をする上でそんなに多くはありませんでした。ところが教師になるとほぼ毎日、学生の前で話すことになります。
もともと人前で話すことは得意ではありませんでした。
みんなに見られていると緊張しますし、特に話す内容を間違ってはいけないと思うと余計に緊張度が増します。
社会人になって2~3年たったころ、友人の結婚式があり友人代表のスピーチを頼まれました。スピーチを頼まれたのは初めてで光栄でしたし、友人のために一肌脱ごうと思いました。事前に紙に文章をまとめて見て話せば何とかなると思っていました。
しかし、当日、紙を見ながらスピーチするのをやめました。なぜそう思ったのかよく覚えていません。他の人が紙を見ないで話しているのを見て、紙を見て話すのは格好悪いと思ったのかもしれませんが…。
ただ、その試みは大失敗でした。途中で何を言っていいか分からなくなり言葉に詰まってしまいました。そしてたどたどしく終わってしまいました。
直後に司会の人から「初々しいスピーチをありがとうございました」と言われたのを今でも覚えています。何とも恥ずかしくいたたまれない気持ちでした。
今ではその友人と笑い話ですますことができますが、当時は相当落ち込みました。
かしこまって人前で話すことは今でも緊張します。
ですが教室で学生たちの前で話すのは緊張しなくなりました。
教師になりたての頃は、授業をどう進めていいのか分からず、内心は「本当に大丈夫か」と自信がありませんでした。とはいえ、緊張したまま授業がたどたどしく進行していけば学生が不安になります。「この先生、大丈夫か」と軽んじられることにもなります。
ですから表面上は「何でも知っている」と言わんばかりの先生を「演じる」わけです。そこで恥ずかしがっていては仕事になりません。
そんな日々を過ごすうちに、学生の前はでかしこまる必要もないので、普段通りの自分で話せばいいことがわかってきました。
さらに年齢も年齢で50歳を超えていますから、前述の結婚式のスピーチも含め、授業よりももっと緊張する場面に何度も遭遇してきています。授業の場数を踏むことで、おのずと慣れてきました。
かといって今でも、人前でかしこまって話すことには緊張します。ポイントは「かしこまる」ということにありそうです。
ここを突き詰めていくと、もっと面白い考察ができるのかもしません。
もちろん、授業でまったく緊張しないわけではありません。物事が始まる前に、心配するような緊張はなくなったということになりますね。